セールスとCSMの連携について考える(前編)
こんにちは、くるくるです。LAPRASという会社でカスタマーサクセスマネージャー(CSM)として働いています。
CSMとして働いていると必ず課題として出てくるのが、セールスとの連携。特に新規営業との意見の食い違いに苦労することは多々あるのではないでしょうか。
例えば、
「お客様にきちんと説明しないで契約だけ取ってきた」
「関係構築せずCSMに丸投げ」
「なんならキックオフ時点でお客様を怒らせている」
という経験は一度や二度では無いのではないでしょうか?
※ 弊社の事例ではないと思います。多分きっと…
というわけで、今回はセールスとCSMの連携のあり方について考えてみます。
カスタマーサクセスとは何だったか
The Customer Success Association の定義によると、
Customer Success is a long-term, scientifically engineered, and professionally directed business strategy for maximizing customer and company sustainable proven profitability.
とのこと。要は「顧客と自社の利益を最大化する経営戦略」ということですね。今でこそ「当たり前では?」という気持ちになるスローガンですが、カスタマーサクセスという概念が出てきた頃、IT業界もそれ以外も基本的には売り切り型の商売が主流でした。初期一括で売り切って、あとは最低限サポートを提供しておけば良い、というのが常識だったのです。新規営業とCSMの連携が悪いサービスなどは、実質的には今でもこの状態を脱していないかもしれませんね。
ところでカスタマーサクセスで目指すべき顧客の利益=顧客の成功とはいったい何でしょうか?
BtoBの場合、それは顧客の「ビジネス成果」、つまり売上の向上やコスト削減、あるいはそれらに繋がる重要なKPIを向上させること以外にありません。ツールの活用状況や担当者のエンゲージメント、リファラルが顧客の成功と同一視されてしまうことがありますが、それらは自社の都合であり、カスタマーサクセスとは別物です。(BtoCの場合はまた少し異なります)
営業活動と顧客の成功を支援する活動は本来別物
カスタマーサクセスに力を入れた結果として、CSMチームの業務効率化、LTVの向上、チャーンレートの低下…などを謳うケースをよく見聞きするのですが、これらは全て自社の利益に関わる指標です。顧客の利益はサービスごとに提供しているものが違うため一般化が難しいのはわかるのですが、カスタマーサクセスをこれらだけで語ろうとすると片手落ちの感は否めません。得られる成果がこれだけで良ければ、カスタマーサクセスなどという横文字を使わずに、「既存顧客営業」それで十分ですね。
なぜこういったことが起こるのか?カスタマーサクセス概念のリーダーであるSalesforceの製品が基幹システム型のビジネスモデルであり、業務システム系のSaaSでカスタマーサクセスの概念が進化してきたという歴史的な背景による影響が大きいのではないかと考えています。
実際に最近まではどのようなサービスでも「サブスクリプション型の課金体系にして、優秀なCSMを入れればそれでビジネスがスケールする」と考えているケースが多かった印象です。
業務プロセスも、The Model 式に新規受注はセールス、その後はCSMがセールス面も顧客のサクセス支援も両方担当というケースが多いのではないでしょうか。
また、カスタマーサクセスあるあるの事例で、カスタマーサポート部門に「カスタマーサクセス」ととりあえず名付けてしまうというケースも多いです。もちろんカスタマーサポートはサービスの重要な要素なので軽視してはいけませんが、カスタマーサクセスはサポートを頑張るという意味ではありません。
顧客の成功への道筋と自社の成功への道筋が十分に両立しているか
カスタマーサクセスを戦略として考える際にまず注目すべきは、顧客の成功と自社の成功が両立する状態になっているかという点です。ここに齟齬があると、どう手厚いサポートや営業活動をしても継続率は上がりません。利用するほど、あるいは長く導入しているほど顧客が製品のベネフィットを受けられる状態にないのであれば、CSMチームを強化するよりも製品自体を変えることを考えるべきでしょう。(そのためのフィードバックもCSMチームの大切な役割です)
製品を導入する顧客の成功までの道筋と顧客の成功の定義、その道筋とセットになる営業のライフサイクルは表裏一体です。
このライフサイクルを考えるフレームワークとして、私はカスタマーエクスペリエンスの概念 ”Inside-out/ Outside-in“ を使っています。これは、自社のプロセスやシステムを中心に見た自社の視点と、そのサービスを受ける顧客側のプロセスやシステム、そして意思決定などのアクティビティを対比させて考えるフレームワークです。営業活動を Inside-out と考えるなら、顧客の成功を支援する活動は Outsinde-in に立脚して、双方のアラインメントを取っていくことがカスタマーサクセス戦略を成立させるための重要なポイントだと考えています。
従来型のカスタマーサクセス向けのカスタマーライフサイクル/カスタマージャーニーは、
アクイジション→オンボーディング→アダプション→エキスパンション→リニューアル
と紹介されることが多いのですが、これは
(営業)→(顧客)→(顧客)→(営業)→(営業)
に視点が偏っており、作りが複雑な業務系SaaSなどのライセンス数課金型の製品にはフィットするものの、その他の形態を取る製品にはフィットしづらいものです。契約の更新などは顧客にとって自社のビジネスを前に進めるイベントではないので、これをさもサクセス=カスタマージャーニーのゴールのように扱うのは違和感があります。
あくまでこれは営業的視点の強いカスタマージャーニーであり、顧客がどのような状態を実現できれば顧客にとって成功なのかは顧客視点、BtoB製品であれば顧客企業のビジネス成果をもとに設計します。
例えば勤怠管理のSaaSであれば、
紙ベースの勤怠管理が電子化できる→電子化したことで見える化できる→見える化できるとデータを分析してタイムリーに改善施策を打つことができる→結果労働環境や効率が改善→生産性向上や離職率低下などのビジネス上の成果→導入している限り改善が回り続ける
といった道筋が考えられます。ここまでできて、初めてカスタマーサクセスと言えますし、この基盤を作っているのが間違いなく提供している製品であると言えますね。
結果としてアップセルやクロスセル(エクスパンション)や長期の契約更新につながれば最高です。
セールスとCSMの連携は永遠の悩み
ビジネスが大きくなってくるともちろん全ての工程を一人で完結できなくなっていくので、当然分業体制が敷かれ、それぞれの工程にKPIが設定されていきます。KPIには自社の業績指標や製品の利用状況などが設定されることが多く、目指している状態と異なる結果が生まれやすくなります。
新規営業とCSMが導入前後で顧客を引き継ぐ際の断絶はその最たるものと言えそうですが、この問題に対して「こうすれば万事上手くいく」という解決策は今のところ聞いたことがありません。新規セールスは目標の受注数字達成がミッションで、CSMは獲得した顧客の維持が基本的なミッションになるので、利益が背反しやすいのです。さらに顧客の業績指標は直接測定できないのが通常ですね。
顧客が製品導入によって成果を上げられたと思っているかどうか、そしてそれが製品導入の意思決定者に伝わっているかどうかは、最終的には詳しく聞かないと分からないケースの方が圧倒的に多いのです。
顧客が成功していることと成功していると評価されることは違う
BtoBサービスの場合は往々にして運用者と決裁者は異なる人物が担当します。そのため、運用者が成果を感じていても、継続利用するためにはそれを決裁者にプレゼンする必要があります。上手にプレゼンしないと、現場に疎い決裁者からは成果なしと判断される可能性もあります。
CSMが営業面もサポート面も対応していると、成果創出がスムーズに進まない場合に連動して営業活動が鈍ったり、逆に契約更新セールスだけのためにコンタクトしてくる名ばかりCSMになってしまうということもありがちです。
どのような要因が最適を決めるのか
では最適な営業とCSMのコラボレーションを考えるときにどのような要素を考慮すべきでしょうか。BtoBの場合、現時点では以下の要素だと考えています。
- プロダクト導入後の競争環境
- サービスの導入コストとスイッチングコスト
- 顧客の意思決定フロー
- 価格帯および価格体系
- 導入までのリードタイムと導入前に完了すべきタスク
1. プロダクト導入後の競争環境
後述のスイッチングコストにも関連しますが、顧客の中で同様の目的をもって導入されるサービスの数が1か2以上かで大きく異なってきます。
基幹系のシステムやコラボレーションツールなどは複数導入するとメリットが小さくなるため、通常は1社(大企業では1事業部など)につきいくつもサービスを導入することはありません。そして利用人数も多くなるので、ユーザー教育にも多大なコストがかかります。
一方、採用サービスを始めとしたマッチング系のサービスなどは、同時にいくつものサービスを契約するケースが多いです。そのため、購入後にもクライアントの業務時間シェア、マインドシェアの奪い合いをすることになり、常に他のサービスとの比較にさらされます。
2. サービスの導入コストとスイッチングコスト
サービスの導入コストとスイッチングコスト(離脱コスト)が高いタイプのプロダクトは、一度導入してしまうと切り替えは大きな決断になります。そのため、よほどそのプロダクトが現状と合わなくなったか使えていないなどの問題が起きない限り、多少の不満はあっても現状維持という選択になるケースが多いです。ただし、切り替えが検討される場合は水面下で検討が進むケースが多く、CSMが全く検知できないケースも多々発生します。
導入コストとスイッチングコストの双方または片方が低い場合は乗り換えが容易なため、使えないという判断になれば乗り換えが行われやすい傾向にあります。初期投資金額によっては損切りの判断も早く行われるケースが多いと言えます。
3. 顧客の意思決定フロー
「誰が使い、誰が契約の意思決定をするのか」ここが離れているか近しいかでCSMと営業の分業体制を考えるケースもあります。
製品の管理を含めた主なユーザーが現場担当や非正規従業員などが中心であったり、現場から意思決定ラインへのコンタクトが難しい、顧客企業の体質が古風なケースでは、意思決定者との関係構築と実際のユーザーの支援を行う人物をあえて分けた方がうまく行く場合もあります。
継続やアップセルにどのくらい意思決定が必要か(自動的に来年度予算に組み込まれるか)などを考慮し、一度導入したら継続が基本になるのか、導入されても更新ごとに見直されるのかも重要なポイントです。
4. 価格帯および価格体系
対象マーケットの基準で価格が高いか安いか、契約期間の単位、前払いか後払いか、課金単位は何か、値引きなどをインセンティブとして使用するかなどによって契約についての交渉の発生頻度や難易度が変わってきます。交渉が発生しやすい場合などは不慣れなCSMをトレーニングするよりもセールスの専門家を配置した方がスムーズでしょう。
5. 導入までのリードタイムと導入前に完了すべきタスク
製品価格とともに、導入開始初日に必要な準備は製品の性質によって大きく異なります。導入プロジェクトチームが発足していなければならないのか、資料を集める必要があるのか、それとも担当者一人が時間を確保できていれば良いのかなどによって、契約開始前に必要なリードタイムが異なります。
そして契約開始前に必要な準備の重さはそのまま新規営業担当のタスクとなり、受注前からできている顧客との関係性に直結します。このようなケースでは契約開始初日に担当変更となるプロセスはミスコミュニケーションのリスクを増大させるため、営業担当が関わり続ける方が導入時のトラブルを回避する意味でもメリットが大きいと言えます。
結局どんな場合はどうしたらいいのか
CSMにセールス機能を全面的に持たせる場合に、製品自体が概ね以下の成功条件を満たしている必要があります。
- 一度導入したら構造的に乗り換えるコストが高いもの
- 複数の同種サービスが同じ会社内で併用されないこと
- 製品の管理者が契約について意思決定できる立場にあること
- 契約関連の交渉の頻度が低いこと(または Product Led Growth の仕組みが組み込まれていること)
- 契約開始前の準備アクティビティが多くないこと
これらを満たさない場合は、人員削減を目的として無理にCSMに営業面を担わせることは避け、条件が整った段階で体制を変えていく方が良いのではないかと思います。
後編では、セールスとCSの効果的な連携のためにどのようなことに注意すべきなのか、実際にLAPRAS社でどのように体制を構築してきたのかなどをご紹介したいと思います。
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2022/1/2 追記
カスタマーセールスについてのとても分かりやすい記事を発見したので紹介します。